俎嵒(マナイタグラ)山稜の山旅
俎嵒山稜は谷川連峰の主稜線から離れているため、踏み跡程度の登山道しかない山であるが、天神尾根から眺めるそれは立派な山容である。俎嵒山稜はオジカ沢ノ頭から分岐し、川棚ノ頭を経て、谷川乗越、小出俣山へ至る美しい峰々を優雅に連ねている。谷川乗越は、赤谷側源流部と谷川源流部を結ぶ要衝の地で沢登りやスキーの愛好家の中では知られた場所である。俎嵒山稜をメインに小出俣山周辺の山を虹芝寮ゆかりの山あるいは近郊の山として紹介する。
前夜は虹芝寮の設計者堀越三郎が定宿としていた谷川温泉「金盛館」に宿泊した。部屋の眼下には谷川が静かに流れている。虹芝寮が完成した昭和一桁の頃、谷川温泉は東の熱海と呼ばれ湯治客で賑わったという。今は静かな山の温泉である。昭和初期の谷川温泉の様子は写真集「谷川温泉の足跡」により風俗を知ることができ興味深い。虹芝寮が完成したのが昭和7年であるから、渡辺兵力さんが活躍した時代の風景をこの写真集で想像することができる。
谷川温泉の近くに富士浅間神社がある。谷川岳オキノ耳のご神体は富士浅間神社の奥の院である。由来は金盛館にほど近い谷川の河原にコノハナサクヤヒメが降臨したという伝説に基づいている。虹芝寮改修工事の安全祈願は富士浅間神社で厳かに行われ、無事に竣工を迎えることができた。堀越三郎が定宿とした金盛館からは谷川岳南面俎嵒(マナイタグラ)山稜がよく見渡せる。雪に覆われたふくよかな稜線と垂直で黒々した幕岩の厳しい表情が合わさり見る者の記憶に印象深く残る山である。
踏高会 柿沼 恭介の登山記録
平成26年(2014年)3月28日(金)
仏岩駐車場は水上と川古温泉を結ぶトンネルの水上側にある。雪に覆われた東屋横から入山する。赤谷越までは締まった雪の上を歩く。赤谷越から先は北へと続く稜線をとだる。ヨシガ沢山1117mは見晴らしの良いピークで小出俣山が見られる。残雪期に、虹芝寮の若い仲間とキャンプを楽しんだら星が眺められていいだろうなと考えたピークである。
ヨシガ沢山から鞍部へ下り、少し登ると高圧電線をくぐる。東側に大きな尾根が派生している場所が1230mである。この先しばらくは気持ちのよい雪の尾根を歩き続ける。三ツ岩岳は尾根上に小さな岩が点在しており、尾根通しには進めないので巻く。ここまで輪カンジキを履いてきたが、巻きは凍った斜面になっておりアイゼンに履き替える。岩場の巻きは単独行の私には少し不安があったが、急な場所はあるにしても、灌木の根がしっかりしており安定した状態で巻くことができた。
三ツ岩岳を過ぎたところでアイゼンを脱ぎ輪カンジキに履き替える。阿能川岳まで気持ちの良い稜線を歩く。阿能川岳は広い頂上となっている。阿能川岳から適当に小出俣山への稜線に下りてゆく。視界が悪いと小出俣山への稜線に下って行くのは難しいと思われる。視界良好の今日はなんということもなく、国土地理院の地形図を参考に下って行ける。阿能川岳から小出俣山へ続く稜線は、始めは阿能川岳の南北に長い頂上稜線の南側から北西方向へ灌木帯を下って行く。尾根に出ると灌木は消え、稜線歩きを楽しめる。
今回の山行では小出俣への登りが一番気持ち良かった。ここは苦労してここまで来ても登る甲斐がある。虹芝寮の仲間にもこの山の良さを味わってもらいたいなあ。この山をわざわざ独りで来た甲斐があった。なんて静かな山なのだろう。自分の息づかいと雪を踏む音しかしない。
最後のひと登りを終えると平たい小出俣山の北東の方にでる。ここからは空身で小出俣山頂上へ。エスケープルートとして頂上稜線からオゼノ尾根の方角を確認しておく。丁度欲しいところにうまい具合に赤布が結び付けられている。小出俣山の北側1653mにて幕営とする。谷川乗越を眼下にしながら快晴無風、たばこ、昼飯、水作り、午睡、酒、たばこ。
平成26年(2014年)3月29日(土)
昨日に比べて雲が多い。アイゼンを履いて出発する。気温が高いため雪の締りがない。憧れていた谷川乗越へはすぐに到着した。谷川側に大きく雪庇が張り出している。幕岩がよく見える。雪庇が不安定なところは西側の樹林帯を巻くがモナカ雪で消耗する。川棚の頭前後の稜線は、やはりモナカ雪でかつクラストしているところもあるため、ワカンアイゼン併用となる。
ワカンアイゼンは久しぶりである。スノーシューの購入を考えてもいるが、大きさやトラバースがしやすいのか等疑問が多くまだ手をだしていない。山の仲間には、まだワカン使ってるんですか?と古臭そうなものを見るように言われることもある。
川棚ノ頭の稜線は思ったほど細くないが、赤谷川側はもっと緩い斜面だと思っていたので意外と急なことを見て驚いた。ワカンアイゼンでは心もとないのでワカンを脱ぐとアイゼンはよく食い込むが、たまにモナカ雪に足を取られまた消耗する。川棚ノ頭とオジカ沢ノ頭の鞍部で休憩する。風が強くなってきたが、鞍部の東側の雪庇が少しずれて笹が露出しているところに身を沈めれば無風地帯。ラーメンをいただく。9:30頃から正面の天神尾根に豆粒より小さい人の列が見えていた。ここまで人と会うことはなかったが、谷川岳まで行けば大勢人がいるので少し憂鬱になる。
オジカ沢ノ頭の避難小屋は中に雪が詰まっており扉が1cm程度しか開かない。冬は避難小屋をあてにして計画を立てるものではないと改めて感じた。オジカ沢ノ頭から谷川岳へは、細い稜線をたどる。この上越国境稜線は17年前の正月に縦走したことがあるが記憶がなかった。谷川岳から振り返ると俎嵒山稜が清い屏風のようである。天神尾根を下ればあっという間に下界である。 登山記録 柿沼 恭介
仏岩からマナイタグラの計画は数年来温めてきた山行だけに、成功して満足です。お彼岸の連休に試みましたが吹雪のため敗退し、翌週チャレンジし直しました。柿沼 恭介